なんだか怪しい。エラーのおきている時点が8月と10月と11月である。
またアップデートの仕業か。
それにしてもイベントログを見たら、毎日毎日こりもせずに電源系統の重大エラーが発生している。これは逆にすごい。
KB2949927がつい最近まで鎮座されていたので消したら今度はそれを消したことによってなんと気道不可能になるっていう落ちだったりしないのかと思いつつ、そうでないことを祈る。
2014 8月のアップデートでの不具合たち。
•2982791 [MS14-045]カーネル モード ドライバーのセキュリティ更新プログラムについて(2014年8月12日)
•2970228 Update to support the new currency symbol for the Russian ruble in Windows
•2975719 August 2014 update rollup for Windows RT 8.1, Windows 8.1, and Windows Server 2012 R2
•2975331 August 2014 update rollup for Windows RT, Windows 8, and Windows Server 2012
こいつらは、起動ができない状況になる。レジストリからはずさない限り直らなかった。
修正の仕方はこちら
http://www.itmedia.co.jp/pcuser/articles/1408/18/news043.html
もっと戻って2014年4月のアップデートでも不具合たちがあった。
http://blogs.technet.com/b/msrc/archive/2013/04/11/kb2839011-released-to-address-security-bulletin-update-issue.aspx
KB2839011をアンインストールしないと、こちらも起動ができなくなるコアなエラーなのだ。
後日修正版がインストールされているはずなのだが、古いバージョン、つまりMS13-036のバージョンで表示されているものは古いものなのでインストールすれば起動が楽になるかもしれない。
さて問題はここ最近の不具合だ。
これは10月のアップデートの不具合について。こちらはどちらかと言うとセキリュティハイリスクエラーだったが、
http://japan.cnet.com/news/service/35055380/
に書いてあるとおり、KB2949927を削除しなさいというご命令である。といっても、これはエラー自体が理解が難しいものなので、どんなふうになるかというと、これまた、起動ができない。起動中にBSoDが出るか、あるいはセキリュティエラーが起きてなぜか再起動が起こる。
ウイルスが~というよりもまずはパソコン事態に有害な反応が一気にぽんぽんと起こる。
11月の不具合もセキリュティえらーだったが、こちらは気付くのが早かったらしく日本でのエラーリスクのある人はほぼいないだろう。→11月修正パッチ
で、ここまでエラーやら不具合をポンポンだされてしまうとユーザーとしては困ったものであるが、この原因の究明までにPCがとまる中で作業をしないといけないので、昔みたいにコマンドを走らせるのにテープをグルグルまわして、走らせているときはBSEY状態になるっていうコンピューター状態だわな。
これ書いている途中で隣でデスクがとまっている。
そうそう、うちのデスクトップのおかしいところは、64ビットベースなのに、なぜかシステムのメインはx86ファイルからとられている。x64のほうには殆ど稼動しているシステムファイルがない。これはなぜだろう?
マイクロソフトの人たちも原因がわからないらしい。普通なら読み込まれるファイルは必ずといっていいほどx64とついているはずだという。カスタマーサポートの人たちもお手上げ状態になったらしい。
修復中にフリーズしてエラーってどこのLSI使っているんですか(笑)ってなるレベルなんだがな本当に。
自分の考えていることや、趣味的な何かを自由に何にもとらわれずに書くって言うブログ
基本的に長文。
画像も少ないかも。ツイッターとインスタやってます。
フォロバは気分しだい。
いったことある場所
注目の投稿
クッソ放置してたブログですがリハビリ的な投稿をまたまた。 写真編集も滞り、嫁からも「パソコン遅い(怒)私のノートパソコンのほうが早いよ!」と言われ、まだまだゲームも現役で動いていたし、なんやかんやで問題もなく動作しているからいいやと思っていたパソコンをようやく「あ、遅いんだ」っ...
2014年11月17日月曜日
Windows7が立ち上がりません・・・・
Win7が立ち上がらず、始めはハード面がだめかとおもっていたのだけれど、どうやら違う模様。
メモリエラーを確かめてもエラー検出なし。デフラグツールで検索しようとしておまだできてないのでわかららないが、ソフト面にエラー基があるのは明確だ。
あー、とりあえず俺の時間を返せ
メモリエラーを確かめてもエラー検出なし。デフラグツールで検索しようとしておまだできてないのでわかららないが、ソフト面にエラー基があるのは明確だ。
あー、とりあえず俺の時間を返せ
2014年11月15日土曜日
矛盾のその先
その昔何物も突き通せない楯と何物も突き通すことのできる矛(なぎなたのさらに長く鋭利な槍のようなもの)を売っていたものがいた。あるひとはこの両者を付き合わせたらどのようになるのかを問うた。もちろん売人は答えることはできない。
これが矛盾のことわざなのだが、さて問題はこの先である。
本当にやってしまうとどうなのか。
たぶん答えは”矛の柄が折れる”
だろう。
結果的に突き通せなかったじゃないかという人もいるだろうが、誰も”一度で”とは言ってない。そこがこの突きあいのミソじゃないのだろうかと思うのだ。そして、これをいった子はもちろん実際にそれをさせたわけでもないし、ただのたとえ話なのだがそれを言っていないわけだ。
だから、実際にやるとなったら何度だって同じところを突けば良い話。それを無限回行うことができるのであればこの矛盾は成立する。制限があるのならば矛盾はもちろん成立しない。つまり解がでてきてしまう。
でも、その矛盾を成立させる無限回の試行によって柄が壊れる。だって木だもの。
いや、もちろん子の”たとえ話”ということは分かっているけど、ほらね。融合するとかアホな話があったりとかするからどうしても書きたくなってしまった。
とりあえず本当の矛盾の話へのリンクおいときます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%9B%E7%9B%BE
2014年11月5日水曜日
ヤマノススメを少しだけ見ての感想
ところで、ヤマノススメというアニメがあるけれど、みなさんこれを見て山に登ろうと思うのだろう。まぁ登山=過酷とかいうイメージを払拭するにはちょうどいい話なんだけれど、実際に山を登るときに使う装備は最低でも7,8万を積まないと買えない。スニーカーでいける山もあるけれど、スニーカーで行くと残念なことになりやすい。
特に女の人は無理してそういう靴で上ろうとするわけだが、このアニメでは登山靴推奨している。ちなみにこの女の子たちが履いている靴は最低でも3万くらいします。(
原作に出てくる装備は割と軽装だけれど、ザックはすごくお金かかっている。12000円くらい。普通にフル装備をそろえると軽く1セット10~30万ほどかかるわけだけど、どうみてもゴアテックスとかそういうのがチラ見してくるので普通に20万くらいはかかっていると見た。
女の子たちの口から簡単に「縦走」とか「○○銀座」「走破」「下から」という言葉が出てくるところも面白い。日帰りペースで2000m、2500m級の山を上るとなるとそれはもう、ハァハァレベル以上のペースで上っているのですごいことともいえる。
まぁ、自分がのんびり登山がいいという考えなのでかもしれないけど。
まだアニメも原作も全話みていないのであれだけど、「そういう話もできるよね」とか「そういう見方もあるのか!」という目線で見たほうがいいと思う。お金的な意味でも、時間的ないみでも。
特に女の人は無理してそういう靴で上ろうとするわけだが、このアニメでは登山靴推奨している。ちなみにこの女の子たちが履いている靴は最低でも3万くらいします。(
原作に出てくる装備は割と軽装だけれど、ザックはすごくお金かかっている。12000円くらい。普通にフル装備をそろえると軽く1セット10~30万ほどかかるわけだけど、どうみてもゴアテックスとかそういうのがチラ見してくるので普通に20万くらいはかかっていると見た。
女の子たちの口から簡単に「縦走」とか「○○銀座」「走破」「下から」という言葉が出てくるところも面白い。日帰りペースで2000m、2500m級の山を上るとなるとそれはもう、ハァハァレベル以上のペースで上っているのですごいことともいえる。
まぁ、自分がのんびり登山がいいという考えなのでかもしれないけど。
まだアニメも原作も全話みていないのであれだけど、「そういう話もできるよね」とか「そういう見方もあるのか!」という目線で見たほうがいいと思う。お金的な意味でも、時間的ないみでも。
2014年10月30日木曜日
なかなか見れなかったシャーロックの第3シーズンを全部見た!
I watched The SHERLOCK Season 3 at last, because I Did't met that chance.
実はシーズン2放送開始のときに始めてこのシャーロックに出会って、第一シーズンを無料で見るまで知らなかった。
もちろん、テレビが部屋にない人にとって、こういうドラマシリーズを見ること自体がなかなかない。それおろかこれはBBC放送しているもので、それを見るということはかなわない。N○Kで特集されてた程度の情報しかしらない。
ニコ○コで一挙のときにシーズン1の第1話だけ見ることができた以来これを探していて、たまたまゲ○でDVD漁りしてたときに見かけて、揃うのを狙っていたのでもある。
そうそう、ネタバレになるからこれ以降は隠すよ。
そう、閉じる前に一言。
すげーーーーーーおもしろい
2014年8月4日月曜日
2014年7月31日木曜日
いつからか
最近欝です。
病院行こうかな
悩んでも相談する相手がいません。
相談しても単に話してるだけだから、相談してない
ちなみに、今回のもたぶん複合型の原因なので解決しません。糸賀からまってるみたいなもん。
引っ張るだけではだめ。
もしほどけても、楽になるだけ
人から頼られて答えられない自分が嫌いなんだけど、今は時間を巧く使えないからすごくつらい。
そして、どれくらい巧く使えないかって言うと、体を洗う時間が
もてないということかな。完全に洗わないわけではないけど、ひげ剃り忘れとかそういうのが重なる。次のレベルはゴミが捨てられなくなること。
ゴミが捨てられなくなると、自殺企図があるよ。たぶんビニールひもを切り始める。
でも、自殺に対する考えはこの前より願い事態は低い。
刺激を意図的に少なくしてるのはあるけど(人の落ち込むことを平気で言う先生とかには会わないとか)、それよりも直接死んだらやだって言われたのが強いと思う。
そういうのは実際言われても相手がわれてるとか、本音は死んで良いよごみぐずという目をしてたりと、まあ相談して結果的に言葉だけみたいなひとがおおいわけだから、効果無いことがほとんどなわけですよ。
それがなさそうな人から言われたから、考えが少ない可能性があるのです。
まぁ、もたてろん死んだことくらいは伝えたいので、離れてるから自殺したことを知らせることができないと、やだなぁと言う気持ちが強いだけだと思いますが。
なんかケータイからでは買きにくいのでこの辺で
病院行こうかな
悩んでも相談する相手がいません。
相談しても単に話してるだけだから、相談してない
ちなみに、今回のもたぶん複合型の原因なので解決しません。糸賀からまってるみたいなもん。
引っ張るだけではだめ。
もしほどけても、楽になるだけ
人から頼られて答えられない自分が嫌いなんだけど、今は時間を巧く使えないからすごくつらい。
そして、どれくらい巧く使えないかって言うと、体を洗う時間が
もてないということかな。完全に洗わないわけではないけど、ひげ剃り忘れとかそういうのが重なる。次のレベルはゴミが捨てられなくなること。
ゴミが捨てられなくなると、自殺企図があるよ。たぶんビニールひもを切り始める。
でも、自殺に対する考えはこの前より願い事態は低い。
刺激を意図的に少なくしてるのはあるけど(人の落ち込むことを平気で言う先生とかには会わないとか)、それよりも直接死んだらやだって言われたのが強いと思う。
そういうのは実際言われても相手がわれてるとか、本音は死んで良いよごみぐずという目をしてたりと、まあ相談して結果的に言葉だけみたいなひとがおおいわけだから、効果無いことがほとんどなわけですよ。
それがなさそうな人から言われたから、考えが少ない可能性があるのです。
まぁ、もたてろん死んだことくらいは伝えたいので、離れてるから自殺したことを知らせることができないと、やだなぁと言う気持ちが強いだけだと思いますが。
なんかケータイからでは買きにくいのでこの辺で
2014年7月17日木曜日
鬱になると
ギャップがあるとつらい。だからギャップがないように笑わなくなる。
笑うとしんどい。楽しいことがつらい。
これがリズムの底ならいいのになぁ
好きなのに好きっていっても帰ってこない。単に「ばーか」
相手ははじめのほうだけ、しかも感性がマヒしてるお酒を飲んでいるときだけ「好き」っていってた。あとは「ドキドキする」とかそういうの。
俺って感性マヒさせないと好きになれないような人間なわけ?そうだわな。
前ならどうでもいい、とかおもっていたけど、たぶんこれはどうでもよくないことだったからココまで気になっているんだろう。まぁこれが最後とかおもってるわけだし。もう、後がない。そういう気持ち。
ケータイとかもみたくない。気になるから。がんばって顔を背けて勉強にむかっても、そもそもそれに力が行き過ぎてだめだった。
ちなみに今がんばっているけど、正直学校にも行きたくない。人の顔みたくないし。誰の顔も見たくない。そして誰の声も聴きたくない。左耳があかんなってから、正直耳が聞こえない恐怖みたいなのはあったけど、「ま、いっか」っておもったのはきっとそのせい。
なんでおかね払わせてまで花火みようとしてんだろ俺。ばかみたい。というかばかだな。ぜんぶ、やーめたしたいな。
2014年7月12日土曜日
耳栓っていいよね。
いま使っている耳栓、かなり相性よくて、かなり音をシャットアウトしてくれる。
入り心地とかもよくて超便利。
いやー、嫌なことがあるとこれ付けてるだけで安心できるってのもあるかも。本当に聞こえないわけじゃないから安心だしね。
まぁ、ちょっと緊張し始めると耳鳴りが起こるんだけどなれれば音のないほうが楽でいいよ。
はずしたとき音に敏感になるけど。
ってわけで、オススメの商品。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9F%E3%83%A8%E3%82%B7%E6%97%85%E4%BA%BA%E5%B0%82%E7%A7%91-%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%9F%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%82%B9%E4%BB%98%E3%81%8D%E8%80%B3%E6%A0%93-%E6%90%BA%E5%B8%AF%E3%81%AB%E4%BE%BF%E5%88%A9%E3%81%AA%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E4%BB%98%E3%81%8D%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%9F%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%82%B9%E4%BB%98%E5%B1%9E-MBZ-ALM-SL/dp/B00HR0SASU/ref=sr_1_111?ie=UTF8&qid=1405106274&sr=8-111&keywords=%E8%80%B3%E6%A0%93
いま使っている耳栓、かなり相性よくて、かなり音をシャットアウトしてくれる。
入り心地とかもよくて超便利。
いやー、嫌なことがあるとこれ付けてるだけで安心できるってのもあるかも。本当に聞こえないわけじゃないから安心だしね。
まぁ、ちょっと緊張し始めると耳鳴りが起こるんだけどなれれば音のないほうが楽でいいよ。
はずしたとき音に敏感になるけど。
ってわけで、オススメの商品。
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2014年7月2日水曜日
トレ用
かなりふとった。前かがみがかなりきつい。
ココまで太ったら、正直自転車で長距離をガンガン走りするのはきびしい。力で漕がないといけないくらいにもなるし。
でも、力で漕ぐと膝とか腰がやられていく。そして、足がつりやすくなるのは力でやってるせい。
アレをするときと同じで、技でせねば。
足に筋肉がつきすぎると、足を高速で回しにくくなる。特に太ったときは腹がつっかえて前かがみが十分にとれず、足をしっかりとまわすだけのスペースがとりにくくなるのだ。だからストローク分のスペース確保のために最低限背中を長時間丸めることのできるポジションにしないといけなくなる。でもこれ、実は坂道でダンシングするのがつらくなる。前にオフセットしすぎるとサドルがダンシングのストッパーになりやすく、余計ガニ股で漕ぐことになり余分なエネルギーの消費につながる。まぁ、痩せるだけならいいんだがこれではおでぶさんからするとただの体力消耗に。なので、坂道を極力避けるか、ハンドル高を上げて、ブラケットを持ったままでほとんど姿勢が立つようなポジションにしていく。すると、ストロークがきれいになり、回転を維持したまま坂道を漕げるようになる。もちろん、クライマーと比べてはいけない。
思いっきり駆け上がるようなときはどんな姿勢であろうが、兎に角体をひきつける必要が出てくるのは確かなので、そのときは筋肉を思う存分に使う。でも、これはマラソンの最後のスパートをかけるようなもんなので、長距離をいきたいときは使っちゃダメ。
もちろん、がんがんこいで余裕なひとはやっていいとおもうが、半年以上まともにのっていないというのであればもちろん、やらないほうがいいだろう。
で、僕を含め太っている人が高回転トレをするときは、普通の高回転トレをしても単純に息と心拍が上がりすぎて短距離走なみのことしかできなくなる。だから、心拍数を適度にあげる必要があるのだが・・・・実は太っている状態では心拍数120というのは割かしきついのである。それよか、120を超えるとキープがしづらく、150、180...と危険値まで簡単にポンと上がるのだ。
もちろんそんなの長続きするわけがない。なぜかっていうと足の筋肉が太った体重を支えるのに発達して、すぐに血圧が上昇。血管は弛緩して血圧を下げようとするけども、交感神経優位になってくるので...と専門的なことを掻いても仕方ないので、もっと簡単にいうと、筋肉よく動く→血がよく帰ってくる→おかげでキープできない→アップアップになるというわけ。
ケイデンスを120でキープさせるとき、太っている人は120くらいでキープできていればいいんじゃないかとおもわれる。そしてこのとき呼吸が安定しているなら、もうすでに腹式呼吸をしているため、痩せる準備が整っているのだ。
もちろん、できるだけ膝に負担をかけないように、そして機材に負担をかけないように、なるだけクランクはイン側にギアを落して、リアで調節させていくのが懸命となってくる。まぁ、一番いいのは平地ではほとんどギアを変えないような走りなんだけど、これができるなら別に痩せる努力はしなくていいわけで。
でも、エアロポジションでギアを扱えるバーコンを使おうとすると、割と高い機材を使わないといけないんだよね...
それが本当にネック。しかもいまはそのグレードってDi(電導モデル)しかないから、最低24時間に1度充電、夏場だと8時間に一度といううわさも..をしないと。
つって、痩せるために本番の道を走るのは何か違う気がするけどねw
あー早くトレーニング開始しないとー!
と課題から抜けたとたんいろいろたくらんでいる様子であった。
ココまで太ったら、正直自転車で長距離をガンガン走りするのはきびしい。力で漕がないといけないくらいにもなるし。
でも、力で漕ぐと膝とか腰がやられていく。そして、足がつりやすくなるのは力でやってるせい。
アレをするときと同じで、技でせねば。
足に筋肉がつきすぎると、足を高速で回しにくくなる。特に太ったときは腹がつっかえて前かがみが十分にとれず、足をしっかりとまわすだけのスペースがとりにくくなるのだ。だからストローク分のスペース確保のために最低限背中を長時間丸めることのできるポジションにしないといけなくなる。でもこれ、実は坂道でダンシングするのがつらくなる。前にオフセットしすぎるとサドルがダンシングのストッパーになりやすく、余計ガニ股で漕ぐことになり余分なエネルギーの消費につながる。まぁ、痩せるだけならいいんだがこれではおでぶさんからするとただの体力消耗に。なので、坂道を極力避けるか、ハンドル高を上げて、ブラケットを持ったままでほとんど姿勢が立つようなポジションにしていく。すると、ストロークがきれいになり、回転を維持したまま坂道を漕げるようになる。もちろん、クライマーと比べてはいけない。
思いっきり駆け上がるようなときはどんな姿勢であろうが、兎に角体をひきつける必要が出てくるのは確かなので、そのときは筋肉を思う存分に使う。でも、これはマラソンの最後のスパートをかけるようなもんなので、長距離をいきたいときは使っちゃダメ。
もちろん、がんがんこいで余裕なひとはやっていいとおもうが、半年以上まともにのっていないというのであればもちろん、やらないほうがいいだろう。
で、僕を含め太っている人が高回転トレをするときは、普通の高回転トレをしても単純に息と心拍が上がりすぎて短距離走なみのことしかできなくなる。だから、心拍数を適度にあげる必要があるのだが・・・・実は太っている状態では心拍数120というのは割かしきついのである。それよか、120を超えるとキープがしづらく、150、180...と危険値まで簡単にポンと上がるのだ。
もちろんそんなの長続きするわけがない。なぜかっていうと足の筋肉が太った体重を支えるのに発達して、すぐに血圧が上昇。血管は弛緩して血圧を下げようとするけども、交感神経優位になってくるので...と専門的なことを掻いても仕方ないので、もっと簡単にいうと、筋肉よく動く→血がよく帰ってくる→おかげでキープできない→アップアップになるというわけ。
ケイデンスを120でキープさせるとき、太っている人は120くらいでキープできていればいいんじゃないかとおもわれる。そしてこのとき呼吸が安定しているなら、もうすでに腹式呼吸をしているため、痩せる準備が整っているのだ。
もちろん、できるだけ膝に負担をかけないように、そして機材に負担をかけないように、なるだけクランクはイン側にギアを落して、リアで調節させていくのが懸命となってくる。まぁ、一番いいのは平地ではほとんどギアを変えないような走りなんだけど、これができるなら別に痩せる努力はしなくていいわけで。
でも、エアロポジションでギアを扱えるバーコンを使おうとすると、割と高い機材を使わないといけないんだよね...
それが本当にネック。しかもいまはそのグレードってDi(電導モデル)しかないから、最低24時間に1度充電、夏場だと8時間に一度といううわさも..をしないと。
つって、痩せるために本番の道を走るのは何か違う気がするけどねw
あー早くトレーニング開始しないとー!
と課題から抜けたとたんいろいろたくらんでいる様子であった。
2014年6月30日月曜日
イラァ
さすがに限界もある。
人前で言っていいことの限界値は割かし低いとおもう。
それを乗り越えて感情に訴えかけるのは簡単だが、もちろん逆なでするのも簡単なわけだ。
つまるところ、逆なでされたような気分になっているわけだが、理由なんてものはしょーもない。限界値が低かっただけのことなので、悪気はないのかもしれない。
とかくウザくて無駄授業をやっていると評判のあの教授のことだが、今回は
イライラしていただけだったので、スルースキル発動してもよかった。なでなければ。なでてきたらするーするわけにもいかない。かってにほぞんされる野で変換がうまくいかないのだが気にしないように。
残念ながら積もっていたストレスが爆発しかけたといっておく。連投してるのからわかるようにフラストレーションがたまりすぎていて仕方がないのだ。だいたい野問題点として、あの世代は人へのかかわり方というのが一番雑な世代である。簡単に言えば一番察せない人たちが集まっている。よかったのかわるかったのか、その後の廊下で悪態をつきまくったおかげデイライラしているところまでは復活し、内容までは思い出さないようにと脳みその昨日をシャットダウンしようとしている。
ああ、ねむい
イラァとしたのはいいが忘れてしまってはしかたない。もういいや。なんか今日は鬱みたいな状態じゃないし、まぁいいや って思えるだけいっかな。
人前で言っていいことの限界値は割かし低いとおもう。
それを乗り越えて感情に訴えかけるのは簡単だが、もちろん逆なでするのも簡単なわけだ。
つまるところ、逆なでされたような気分になっているわけだが、理由なんてものはしょーもない。限界値が低かっただけのことなので、悪気はないのかもしれない。
とかくウザくて無駄授業をやっていると評判のあの教授のことだが、今回は
イライラしていただけだったので、スルースキル発動してもよかった。なでなければ。なでてきたらするーするわけにもいかない。かってにほぞんされる野で変換がうまくいかないのだが気にしないように。
残念ながら積もっていたストレスが爆発しかけたといっておく。連投してるのからわかるようにフラストレーションがたまりすぎていて仕方がないのだ。だいたい野問題点として、あの世代は人へのかかわり方というのが一番雑な世代である。簡単に言えば一番察せない人たちが集まっている。よかったのかわるかったのか、その後の廊下で悪態をつきまくったおかげデイライラしているところまでは復活し、内容までは思い出さないようにと脳みその昨日をシャットダウンしようとしている。
ああ、ねむい
イラァとしたのはいいが忘れてしまってはしかたない。もういいや。なんか今日は鬱みたいな状態じゃないし、まぁいいや って思えるだけいっかな。
感情鈍麻ってのは
そうそう。忘れていた
鬱っていうのの病状のひとつに感情鈍麻ってのがある。
鈍くなるんだ。
たとえば親しい人が死んだとする。「ああ、死んだ」たったこれだけの感情しか出ない。なきたくてもなけない。つらくなろうとしても、これ以上つらくなれない。うれしくも、かなしくも、なーんともない。ただの流れ。喪失することの意味が別のところにあるような感覚なのだ。
怒りも反感も、表出することはほとんどない。だから「死ね」とか言う言葉を使われた日には、大体死ぬ一歩手前にもなる。恐怖も怒りも憤りもないから、反抗しない。命令に従う。目の前の予定を完遂しようとする。たとえば無理な注文でも感情鈍麻になっていると、断ることはできない。そもそも本質的に断れない人が多いんだが、脅迫感が一切ないたのみごとでもその人にとっては目標になる。
自分を突き動かすためには目標が必要となるが、できるだけ実現可能性の高いものであればあるほどその目標に対する補足度は上がる。もちろん質問は一切なし。言われたことだけをやる。感情鈍麻になっている人が「死んだほうがいいですよね」とか言い出したとき、それは彼が楽になりたいからとか、逃げたいからというのではなく、”実現可能性の高い”目標の一つであるからだ。必死で止めなければ大体数日中にやらかす。
必死で止めると、まぁだいたい6割はとまるんじゃないだろうか。
鈍麻状態になっている人が考えるプロセスは簡単にいうと、直結型の思考プロセスになる。「自分」を排除した作業域には”時間”と”達成チェックポイント”と”ゴール”がある。スタート地点は同じ。そこから一番早く目標を達成するかという思考プロセスであるといっても寡言ではない。
目標はゴールになるが、これを説明するとしたら・・・・うつ病を患っている人が工場で単純作業をやっていました。その人は目の前の完成している製品の入ったケースを、左手20mのところにある別のライン(A)に運ぼうとしています。安全に運ぶためには右手10mほどのところ(B)にある台車を持ってくるほうがいいでしょう。ケースの高さは1m程度。持ち上げると目の前が見えません。ヨコに歩けば簡単ですが、足元にはグラインダーや電導ドリル、かなどこ、坩堝などの危険物がさまざま。ポートカーなどが往来する場所でもあります。察しているひとは多いと思いますが、この人はわざわざBには行きません。Aに直接もっていきます。これにってアクシデントが起こるわけです。
一般の人ならインシデントを起こさないために台車をとりにいったり、周りの整理をしたりしますが、鬱の人は、Aにさっさともっていく ということしか頭にないのです。事故で犠牲になる”自分”への認識が薄まり、恐怖という感情が無くなっている鬱状態のときは、常に自分を意識する必要があるというわけ。
さて、人生についてだが、達成チェックポイントが少ないのは「生きること」と「死ぬこと」のどっちが多いだろうか。もちろん愚問だが、生きることのほうがつらい。だからこそ、鬱の人にたいして「死ぬ」という選択肢の危うさを心を受け止めながら諭す必要があるのだ。
と、だれもこのことを理解したうえで話を聴いてくれないし相談にも乗ってくれないし、相談したとしても一切受け付けられないのでここでかくのであった。HAHAHA
感情鈍麻のプロセスがわかっただろうか
鬱っていうのの病状のひとつに感情鈍麻ってのがある。
鈍くなるんだ。
たとえば親しい人が死んだとする。「ああ、死んだ」たったこれだけの感情しか出ない。なきたくてもなけない。つらくなろうとしても、これ以上つらくなれない。うれしくも、かなしくも、なーんともない。ただの流れ。喪失することの意味が別のところにあるような感覚なのだ。
怒りも反感も、表出することはほとんどない。だから「死ね」とか言う言葉を使われた日には、大体死ぬ一歩手前にもなる。恐怖も怒りも憤りもないから、反抗しない。命令に従う。目の前の予定を完遂しようとする。たとえば無理な注文でも感情鈍麻になっていると、断ることはできない。そもそも本質的に断れない人が多いんだが、脅迫感が一切ないたのみごとでもその人にとっては目標になる。
自分を突き動かすためには目標が必要となるが、できるだけ実現可能性の高いものであればあるほどその目標に対する補足度は上がる。もちろん質問は一切なし。言われたことだけをやる。感情鈍麻になっている人が「死んだほうがいいですよね」とか言い出したとき、それは彼が楽になりたいからとか、逃げたいからというのではなく、”実現可能性の高い”目標の一つであるからだ。必死で止めなければ大体数日中にやらかす。
必死で止めると、まぁだいたい6割はとまるんじゃないだろうか。
鈍麻状態になっている人が考えるプロセスは簡単にいうと、直結型の思考プロセスになる。「自分」を排除した作業域には”時間”と”達成チェックポイント”と”ゴール”がある。スタート地点は同じ。そこから一番早く目標を達成するかという思考プロセスであるといっても寡言ではない。
目標はゴールになるが、これを説明するとしたら・・・・うつ病を患っている人が工場で単純作業をやっていました。その人は目の前の完成している製品の入ったケースを、左手20mのところにある別のライン(A)に運ぼうとしています。安全に運ぶためには右手10mほどのところ(B)にある台車を持ってくるほうがいいでしょう。ケースの高さは1m程度。持ち上げると目の前が見えません。ヨコに歩けば簡単ですが、足元にはグラインダーや電導ドリル、かなどこ、坩堝などの危険物がさまざま。ポートカーなどが往来する場所でもあります。察しているひとは多いと思いますが、この人はわざわざBには行きません。Aに直接もっていきます。これにってアクシデントが起こるわけです。
一般の人ならインシデントを起こさないために台車をとりにいったり、周りの整理をしたりしますが、鬱の人は、Aにさっさともっていく ということしか頭にないのです。事故で犠牲になる”自分”への認識が薄まり、恐怖という感情が無くなっている鬱状態のときは、常に自分を意識する必要があるというわけ。
さて、人生についてだが、達成チェックポイントが少ないのは「生きること」と「死ぬこと」のどっちが多いだろうか。もちろん愚問だが、生きることのほうがつらい。だからこそ、鬱の人にたいして「死ぬ」という選択肢の危うさを心を受け止めながら諭す必要があるのだ。
と、だれもこのことを理解したうえで話を聴いてくれないし相談にも乗ってくれないし、相談したとしても一切受け付けられないのでここでかくのであった。HAHAHA
感情鈍麻のプロセスがわかっただろうか
フェイスブックに乗せたら総批判食らうだろうからあそこには書かない。
ってことでここにわーーっと書こう。
とりあえず、一言先に言うと、ひとつだけ気に食わない授業が学校で入っている。
正直言って、8コマ分無駄な授業をさせられている。いや、単に無駄という意味ではない。
有意義に使えるはずの時間の一部がそのコマにとられているせいで、前の日から数えて8コマ連続で授業がある。コレは何を意味するのか。それは印刷の時間がないという答えになる。
グラフまで作って家で印刷しようとすると、基本的に朝の7時8時からになる。ウチの印刷機は遅い。きれいだが。遅い。
学校のは白黒であるため、わかりにくい。だが、学校ではパソコンは基本的に取り合いになる。つまり、印刷は不可能というわけである。それなのに、その有意義に印刷に使うための時間が、そのコマに撮られている。授業の内容に入る前にこのことを書いたのは、もちろん授業の内容が非常に、それはもうSillyで、どうしようもない。
まだこれだったら、この時間をアルバイトでもしたほうがお金にもなるし、ある意味で勉強になる。この授業のためにレポートをいちいちかいて、起きている必要があるというのか。もちろんのことである。
ココで習うのはいわゆる社会の常識。
あまりにも扱いがひどいのではないだろうか。しかも学校側は、この授業を4年間通してやろうとしている。あまりにもBoolsitな話だ。何がおかしいか。別に学外から来ている講師のことを批判するつもりはない。立派にいろいろな人に教えてきたのであろう。この授業の内容で教える内容については、簡単に言うならば「働く」ことに対する意欲や向上心を持たせるための授業なのだ。我々のように働くことをいわばほぼ保障されている人たちが、資格を取った後働かなくなるのは惜しいという考えからだろうが、この授業をやったとしても、その意識は一切といっていいほど変わらないだろう。逆に言うならば、この授業をやることで働くことに対する意欲が減少することもある。「なぜこのようなことを学んでまで働く必要があるのか」と。社会の常識だから知っておく必要があるんだよというのであれば、病院で最低限知っておいたほうがいい知識を与えていくほうがまだマシなのではなかろうか。ラウンド時の受け持ちとか、BSを測るときにさっさとやる方法とか、電話対応時にどうするかとかだ。
よっぽど対応力がつく。
なんせ、毎回レポートを書かされているわけだが、言葉を書くことがさらにましていやになってきたのだから仕方がない。これはもちろん自分の正確もあるし、ほかの人はどうかわからん。これだけは確実にいえるというのはみんな「楽しくない」「楽しみでない」「早く終われ」とおもっていることだろう。この授業に対して何も考えていない人も多く、この授業中にほかの事をしている人のほうが圧倒的に多い。俺は絶対にそういうことができない性分だから、みんなと違って進みも遅い。
だから俺はこの授業が大嫌いなのである。4年生にもなってこの授業のためにテストがひとつ増えることを考えると、さらに頭の痛い話だ。
看護について研究ができるというのに、なぜこのようなことをせにゃならんのだとなり、最終的に興味までそがれそうで、厭々受けているという現状。
あー
つまらんな。ほんまに
ってことでここにわーーっと書こう。
とりあえず、一言先に言うと、ひとつだけ気に食わない授業が学校で入っている。
正直言って、8コマ分無駄な授業をさせられている。いや、単に無駄という意味ではない。
有意義に使えるはずの時間の一部がそのコマにとられているせいで、前の日から数えて8コマ連続で授業がある。コレは何を意味するのか。それは印刷の時間がないという答えになる。
グラフまで作って家で印刷しようとすると、基本的に朝の7時8時からになる。ウチの印刷機は遅い。きれいだが。遅い。
学校のは白黒であるため、わかりにくい。だが、学校ではパソコンは基本的に取り合いになる。つまり、印刷は不可能というわけである。それなのに、その有意義に印刷に使うための時間が、そのコマに撮られている。授業の内容に入る前にこのことを書いたのは、もちろん授業の内容が非常に、それはもうSillyで、どうしようもない。
まだこれだったら、この時間をアルバイトでもしたほうがお金にもなるし、ある意味で勉強になる。この授業のためにレポートをいちいちかいて、起きている必要があるというのか。もちろんのことである。
ココで習うのはいわゆる社会の常識。
あまりにも扱いがひどいのではないだろうか。しかも学校側は、この授業を4年間通してやろうとしている。あまりにもBoolsitな話だ。何がおかしいか。別に学外から来ている講師のことを批判するつもりはない。立派にいろいろな人に教えてきたのであろう。この授業の内容で教える内容については、簡単に言うならば「働く」ことに対する意欲や向上心を持たせるための授業なのだ。我々のように働くことをいわばほぼ保障されている人たちが、資格を取った後働かなくなるのは惜しいという考えからだろうが、この授業をやったとしても、その意識は一切といっていいほど変わらないだろう。逆に言うならば、この授業をやることで働くことに対する意欲が減少することもある。「なぜこのようなことを学んでまで働く必要があるのか」と。社会の常識だから知っておく必要があるんだよというのであれば、病院で最低限知っておいたほうがいい知識を与えていくほうがまだマシなのではなかろうか。ラウンド時の受け持ちとか、BSを測るときにさっさとやる方法とか、電話対応時にどうするかとかだ。
よっぽど対応力がつく。
なんせ、毎回レポートを書かされているわけだが、言葉を書くことがさらにましていやになってきたのだから仕方がない。これはもちろん自分の正確もあるし、ほかの人はどうかわからん。これだけは確実にいえるというのはみんな「楽しくない」「楽しみでない」「早く終われ」とおもっていることだろう。この授業に対して何も考えていない人も多く、この授業中にほかの事をしている人のほうが圧倒的に多い。俺は絶対にそういうことができない性分だから、みんなと違って進みも遅い。
だから俺はこの授業が大嫌いなのである。4年生にもなってこの授業のためにテストがひとつ増えることを考えると、さらに頭の痛い話だ。
看護について研究ができるというのに、なぜこのようなことをせにゃならんのだとなり、最終的に興味までそがれそうで、厭々受けているという現状。
あー
つまらんな。ほんまに
2014年6月22日日曜日
夏のよていち
さて、結局寝れずに頭蓋内興奮がおちつきまして、ちょうどいいあんばいになったころなので、時期尚早ですが、夏休みの計画をたてることにしますた。
東京あたりに今年は何回か出没しようかなと。あと、大阪方面、京都方面にも出る予定。
三重→東京のリベンジというか、のこしてきてしまった静岡→東京編をクリアしないと。
またたろさんにもあいたいなぁ。
ハニーにもあいたいし、もひとりのお友達にもあいたいし。いやそれがメインとかいえないけど。
兎に角、人の輸送費より荷物の輸送費がかかるかも・・・というのが難点。郵便局とどめで受け取ろうか・・・
ヤマト便で、160kgぶんの容積換算重量による価格となる。(コレ重要
だいたいバイク1台3600円(三重→東京)。外を見て運んでくれるかどうかはしらん。もちろんついでに言うと、中身は思いっきりしっかりとした包装しないとね。あ、もちろん箱にいれないといけない・・・?箱にいれると、+20Kgぶんされて4000円分くらいになる。まぁ、箱が8kgもあるんじゃぁね・・・ってことで意外と重たいことがわかったのだった。中にザックか何かいれておいて、1~2週間分の服でもつめこんでおけば、高速バス代くらいの値段になるし、1.5回分の往復をしたってことになるからいっか。
てか、バイクをシーコンのバイクケースにつっこんで、バスに黙って運べば・・・・
あ、高速バスは受け入れてくれそうにないな。いつもどうせ貨物スペースガラアキなのに・・・
ということで、夏の予定は決まった(おい
これくらい完全にいきを抜かないと、ちょっとやってらんない・・・・というか、勉強するにしてもやせないとどうしようもないや。北海道に飛ばすときが一番めんどうだなぁ。
だんだん波のサイクルが早くなってきた。いいかんじなのかまだわからん。今日のバイト如何によっては、このままずるずると・・・いや、そんなことはない。みてないようだから書いちゃうけど、単純に、あのシリコンブレスレットつけてるかなーとかいうすごい小さい悩みがあったのだけは覚えているんだけど、この一週間のイライラが結局落ち着くころにはこんなふうに未来的な思考に変わってる。(のかな?)
東京あたりに今年は何回か出没しようかなと。あと、大阪方面、京都方面にも出る予定。
三重→東京のリベンジというか、のこしてきてしまった静岡→東京編をクリアしないと。
またたろさんにもあいたいなぁ。
ハニーにもあいたいし、もひとりのお友達にもあいたいし。
兎に角、人の輸送費より荷物の輸送費がかかるかも・・・というのが難点。郵便局とどめで受け取ろうか・・・
ヤマト便で、160kgぶんの容積換算重量による価格となる。(コレ重要
だいたいバイク1台3600円(三重→東京)。外を見て運んでくれるかどうかはしらん。もちろんついでに言うと、中身は思いっきりしっかりとした包装しないとね。あ、もちろん箱にいれないといけない・・・?箱にいれると、+20Kgぶんされて4000円分くらいになる。まぁ、箱が8kgもあるんじゃぁね・・・ってことで意外と重たいことがわかったのだった。中にザックか何かいれておいて、1~2週間分の服でもつめこんでおけば、高速バス代くらいの値段になるし、1.5回分の往復をしたってことになるからいっか。
てか、バイクをシーコンのバイクケースにつっこんで、バスに黙って運べば・・・・
あ、高速バスは受け入れてくれそうにないな。
ということで、夏の予定は決まった(おい
これくらい完全にいきを抜かないと、ちょっとやってらんない・・・・というか、勉強するにしてもやせないとどうしようもないや。北海道に飛ばすときが一番めんどうだなぁ。
だんだん波のサイクルが早くなってきた。いいかんじなのかまだわからん。今日のバイト如何によっては、このままずるずると・・・いや、そんなことはない。
2014年6月21日土曜日
個人的メモ
・何もできていないことにイライラしている。
・面倒くさい
・さらにイライラする
・時々何にイライラしているかわからないけど、イライラしている
・目をつぶると首をつる姿が目に浮かぶ。
・目をつぶるといろんなシチュエーションで首をつっている
・何も考えられない
・感情が出ない
・無意識に歯を食いしばっている
・目を開けているとどうでもいいことが頭をめぐる。
・眠いけど寝るのがいやだ
・面倒くさい
・さらにイライラする
・時々何にイライラしているかわからないけど、イライラしている
・目をつぶると首をつる姿が目に浮かぶ。
・目をつぶるといろんなシチュエーションで首をつっている
・何も考えられない
・感情が出ない
・無意識に歯を食いしばっている
・目を開けているとどうでもいいことが頭をめぐる。
・眠いけど寝るのがいやだ
生きるってやっぱりつらいねぇ。
劣等感ばっかりかんじているひとからすると、大体生きていることがつらいときがある。
そゆときは誰かにそばにいてほしいんだけど、基本的には近くには誰もいないことが多い。
生きるっていうのは、考えを変えると死に方である。
どんな風な死に方をするか。もちろん一人で、誰かが片付けるのだが、嫌々片付けられるか、屍をそっと抱き上げてくれる、あるいは花いっぱいの棺のなかに骨が埋められるか、それはあなたの選択しだいだろう。
生きているときがつらいとき、俺はよく・・・具体的に言えば、10分間勉強の手が進まなかったり、幸せな時間をすごしていてふと気がついたとき、悶々とすごしているときは常に死にたくなる。
とりあえず、今すぐ楽になりたい。楽に慣れるかはしらないけれど、自分自身の生命活動を停止させて冷たくなりたいと考える。
そのときは大体8割くらい、現実的な状況を考える。目の前に課題があるとか、目の前の幸せを逃したくないとか、来年はあれがあるだの、奨学金をかりているからだの。そんなことで思いとどめられる。後の人が”困るから”という理由だからだ。
つまり、自分の生き方は、一番最後に誰にも迷惑がかからなくなったとき、あるいは最低限の迷惑しかかからなくなったときに”死”を選んで生命活動に終止符を打つ。そうきめている。言い換えるならばそういう生き方となったときにだ。大体自殺をするひとの部屋はきれいだ。あるいはその人なりに片付けてある。
片付ける合間に次の日になって死に切れなかった人もなかにはいる。俺がそうとかいえないが。
という前おきはもう置かれたのでいいとして、劣等感というのはいつかんじるかわからない恐怖がある。正直、あとから思い返せば、考え方を変えるだけで異なるふうになるのにもかかわらず、感じる。
抑うつ状態であるときは特に劣等感を感じやすく、被害妄想的になりやすい。ここまでわかっているのに、精神が安定しないときは困る。
もちろん片付ける気力もなくなってしまうのでずるずると生きる。たとえロープがあっても片づけが優先だ。(どうしてかはわからない)
もしも、部屋の中に何もない状態、かつ借金とかも一切ない状態で劣等感を感じてしまったら、残念ながら統計上で3万人弱いる自殺者の一人になる。楽しませられない人だとか、会話が浮かばないとか、時間を使わせてしまっているとか、勉強ができないとか、細かいことで言えば、あ、いま話をさえぎってしまった。あ、勘違いしてしまった、あ、思い出せない・・・日付間違えた・・・全部に劣等感を感じるのだ。
体がおもうように動かない状態にも常にイライラしている。やりたいことができないように、その劣等感を感じなくさせることもできない。すこし脳の反応が良くなってきて、脳神経細胞の興奮が賦活してくると、そのような考えが少し少なくなり、持ち上がってきた状態になるとやっと自分の死に方を思い出す。ああ、そうだったと。
そして目の前の課題に取り組むために”生きる”のだ。
俺は、そうなるのを知っているから、落ち込みはじめから落ち込んでいるじょうたいでは、決断をしない。できるというわけでもないが。
だから常にあの時なんで死ななかったんだろうとか、タイミングを逃した・・・と感じ続ける。だけどいいのだ。決断ができないのはいつものことだから。
おもうような死に方ができないのならあえて決断を下す必要はない。生きることはしに続けることとは違うから、理想の死のためにつらいとかんじながらも生き続ける。
さっ、勉強の続きやろ。頭の中は2割くらい出せたきがする。同じ悩みを持っている人が見つけられたらいいけれど。
そゆときは誰かにそばにいてほしいんだけど、基本的には近くには誰もいないことが多い。
生きるっていうのは、考えを変えると死に方である。
どんな風な死に方をするか。もちろん一人で、誰かが片付けるのだが、嫌々片付けられるか、屍をそっと抱き上げてくれる、あるいは花いっぱいの棺のなかに骨が埋められるか、それはあなたの選択しだいだろう。
生きているときがつらいとき、俺はよく・・・具体的に言えば、10分間勉強の手が進まなかったり、幸せな時間をすごしていてふと気がついたとき、悶々とすごしているときは常に死にたくなる。
とりあえず、今すぐ楽になりたい。楽に慣れるかはしらないけれど、自分自身の生命活動を停止させて冷たくなりたいと考える。
そのときは大体8割くらい、現実的な状況を考える。目の前に課題があるとか、目の前の幸せを逃したくないとか、来年はあれがあるだの、奨学金をかりているからだの。そんなことで思いとどめられる。後の人が”困るから”という理由だからだ。
つまり、自分の生き方は、一番最後に誰にも迷惑がかからなくなったとき、あるいは最低限の迷惑しかかからなくなったときに”死”を選んで生命活動に終止符を打つ。そうきめている。言い換えるならばそういう生き方となったときにだ。大体自殺をするひとの部屋はきれいだ。あるいはその人なりに片付けてある。
片付ける合間に次の日になって死に切れなかった人もなかにはいる。俺がそうとかいえないが。
という前おきはもう置かれたのでいいとして、劣等感というのはいつかんじるかわからない恐怖がある。正直、あとから思い返せば、考え方を変えるだけで異なるふうになるのにもかかわらず、感じる。
抑うつ状態であるときは特に劣等感を感じやすく、被害妄想的になりやすい。ここまでわかっているのに、精神が安定しないときは困る。
もちろん片付ける気力もなくなってしまうのでずるずると生きる。たとえロープがあっても片づけが優先だ。(どうしてかはわからない)
もしも、部屋の中に何もない状態、かつ借金とかも一切ない状態で劣等感を感じてしまったら、残念ながら統計上で3万人弱いる自殺者の一人になる。楽しませられない人だとか、会話が浮かばないとか、時間を使わせてしまっているとか、勉強ができないとか、細かいことで言えば、あ、いま話をさえぎってしまった。あ、勘違いしてしまった、あ、思い出せない・・・日付間違えた・・・全部に劣等感を感じるのだ。
体がおもうように動かない状態にも常にイライラしている。やりたいことができないように、その劣等感を感じなくさせることもできない。すこし脳の反応が良くなってきて、脳神経細胞の興奮が賦活してくると、そのような考えが少し少なくなり、持ち上がってきた状態になるとやっと自分の死に方を思い出す。ああ、そうだったと。
そして目の前の課題に取り組むために”生きる”のだ。
俺は、そうなるのを知っているから、落ち込みはじめから落ち込んでいるじょうたいでは、決断をしない。できるというわけでもないが。
だから常にあの時なんで死ななかったんだろうとか、タイミングを逃した・・・と感じ続ける。だけどいいのだ。決断ができないのはいつものことだから。
おもうような死に方ができないのならあえて決断を下す必要はない。生きることはしに続けることとは違うから、理想の死のためにつらいとかんじながらも生き続ける。
さっ、勉強の続きやろ。頭の中は2割くらい出せたきがする。同じ悩みを持っている人が見つけられたらいいけれど。
2014年5月24日土曜日
失敗が続くと
人間だけでなくたいていの動物は失敗から学ぶことができる。これを学習と呼ぶ。人間は失敗を予測して行動を行える現在のところ唯一の動物である。その上でもわざと予測されている失敗に対してある程度の対策をしつつ、避けられない失敗を経験し、更なる対策法を学ぶことができるのである。
失敗という出来事そのものは非常に大切ということがわかる。
ここで、「失敗にもめげず」という言葉を出してみよう。
この言葉は更なる対策法を見出すために失敗を重ねても底から学びとろうという非常に前向きな言葉である。同じ失敗に対していろいろな索を練りつつ重なる失敗に対して非常に有効な言葉なのだ。ここで言われる失敗は、傍目から見れば同じ失敗なのだが、本人の中では同じ失敗は二度とないという意識が持てている。
これが、同じ失敗だと認識してしまうことが起きると、とたんに人間の心は折れてしまう。
同じ場面、さけることのできない場面において、失敗が起きると、「もう二度とするか」とおもう。だが、人間その結果は覚えていてもその過程についてのインパクトが少ない。さらに言うならば、その場面になってはじめて気がつく程度まで過程はその人にとって重要でないという認識がなされてしまう。
「失敗した」という結果を強く評価しすぎ、その評価内容ではなくさらにその評価の結果を記憶してしまい、結局過程について認識が欠如しがちとなるのだ。
これは人のコーピング能力を下げてしまい、結果として経験による学習そのものが失われるのだ。
そのため、何かしら同じような失敗を繰り返してしまっている人、そうおもっている人がいれば、その人にとって自分自身の回顧そのものが強化因子とはならず、内部因子として影響されてしまうのである。
それに気がついた時点で周りがどう行動するかや、自己的な変化がなされなければ結局悪い方向に流れることとなる。
失敗という出来事そのものは非常に大切ということがわかる。
ここで、「失敗にもめげず」という言葉を出してみよう。
この言葉は更なる対策法を見出すために失敗を重ねても底から学びとろうという非常に前向きな言葉である。同じ失敗に対していろいろな索を練りつつ重なる失敗に対して非常に有効な言葉なのだ。ここで言われる失敗は、傍目から見れば同じ失敗なのだが、本人の中では同じ失敗は二度とないという意識が持てている。
これが、同じ失敗だと認識してしまうことが起きると、とたんに人間の心は折れてしまう。
同じ場面、さけることのできない場面において、失敗が起きると、「もう二度とするか」とおもう。だが、人間その結果は覚えていてもその過程についてのインパクトが少ない。さらに言うならば、その場面になってはじめて気がつく程度まで過程はその人にとって重要でないという認識がなされてしまう。
「失敗した」という結果を強く評価しすぎ、その評価内容ではなくさらにその評価の結果を記憶してしまい、結局過程について認識が欠如しがちとなるのだ。
これは人のコーピング能力を下げてしまい、結果として経験による学習そのものが失われるのだ。
そのため、何かしら同じような失敗を繰り返してしまっている人、そうおもっている人がいれば、その人にとって自分自身の回顧そのものが強化因子とはならず、内部因子として影響されてしまうのである。
それに気がついた時点で周りがどう行動するかや、自己的な変化がなされなければ結局悪い方向に流れることとなる。
2014年5月21日水曜日
先生ほど
学校の先生という立場ほど雑なことを雑談で話しても責任を持たなくて良い職業はないだろう。
特に、大学付教授であればなおさらなのではないだろうか。政治家などがパーティーでアイスブレーキング用にスピーチをすると、その内容は全国紙レベルで批判されることが多い。安部総理しかり福田さんしかり麻生さんしかりである。
完全に内輪の話となってしまうのであるが、A教授の授業があった。その授業は新カリキュラムに合わせたもので、うまい具合のつながりがなく、位置づけが微妙であり教授自身も乗り気ではなかった。そのためかAの雑談が多い。もともと話をすすめるためであったり、寝ている人を起こすために雑談をする場合が多いのだが、今回の話はとある統計ソフトの説明で、危険率の話があったときだった。
株をやっている知り合いがいて、なおかつ株をやり続けている親がいるそうだった。
まぁ、落ち着けたかった場所は「株をしている人はリスクを見極めるために会社の全てを知っておく必要があるんだ」というところだったらしい。
そこで出てきたのはパソコンの話。
「パソコンの画面を3つならべてさ、パソコンも3台あるんだよ」ということであった。さて、パソコンを3台つかっていったいなにをするのだろうか。マーケット監視用というだけであれば、1台のパソコンに3枚の画面があれば十分である。(一般的なトレードソフトの場合)
パソコン3台?画面が独立しているならマウスムーブは相当やりにくいし、HIの切り替えがめんどうだろうに・・・・と少しでもそういう情態のパソコンを触ったことのあるひとならわかるであろう。
そしてそもそも、毎日トレードしているという時点でただのデイトレである。
デイトレさんたちには悪いが、取引している会社の事情を全て知り尽くしている人はほぼいない。証券会社ですら調査部門の人間でない限りほとんど情報として扱うことはできないだろう。親がやっている株っていうのは昔ながらの信用取引系のトレードということなので、デイトレのようなハイリスクの取引を行っているわけではないため、あえてパソコンの話をそこで持ってこないほうが着地点にスマートにいけたと考えられる。
そのときにB君にAが同意を求めたため話がさらに進んでしまったのだった。
Bは「俺のツレにもいるんすけど、部屋がパソコンだらけになってましたね」
ここで、多少理解できる人はいるかもしれない。
「この二人のなかでは モニタ=パソコン」という認識なのではないかと。
ちなみにここでいうとAは情報系の教授なのである。わざとでもない限り、モニタのことをパソコンといってはならないのではないだろうか。
そして、株取引について一般的なことを語るのならば、デイトレと個人取引の違いを踏まえたうえでしゃべってほしかった。あともうひとつ。わからない話を引き伸ばすのはやめてください。
そんなかんじでテキトーなことを話されてしまったことを長文でつぶやくのであった
特に、大学付教授であればなおさらなのではないだろうか。政治家などがパーティーでアイスブレーキング用にスピーチをすると、その内容は全国紙レベルで批判されることが多い。安部総理しかり福田さんしかり麻生さんしかりである。
完全に内輪の話となってしまうのであるが、A教授の授業があった。その授業は新カリキュラムに合わせたもので、うまい具合のつながりがなく、位置づけが微妙であり教授自身も乗り気ではなかった。そのためかAの雑談が多い。もともと話をすすめるためであったり、寝ている人を起こすために雑談をする場合が多いのだが、今回の話はとある統計ソフトの説明で、危険率の話があったときだった。
株をやっている知り合いがいて、なおかつ株をやり続けている親がいるそうだった。
まぁ、落ち着けたかった場所は「株をしている人はリスクを見極めるために会社の全てを知っておく必要があるんだ」というところだったらしい。
そこで出てきたのはパソコンの話。
「パソコンの画面を3つならべてさ、パソコンも3台あるんだよ」ということであった。さて、パソコンを3台つかっていったいなにをするのだろうか。マーケット監視用というだけであれば、1台のパソコンに3枚の画面があれば十分である。(一般的なトレードソフトの場合)
パソコン3台?画面が独立しているならマウスムーブは相当やりにくいし、HIの切り替えがめんどうだろうに・・・・と少しでもそういう情態のパソコンを触ったことのあるひとならわかるであろう。
そしてそもそも、毎日トレードしているという時点でただのデイトレである。
デイトレさんたちには悪いが、取引している会社の事情を全て知り尽くしている人はほぼいない。証券会社ですら調査部門の人間でない限りほとんど情報として扱うことはできないだろう。親がやっている株っていうのは昔ながらの信用取引系のトレードということなので、デイトレのようなハイリスクの取引を行っているわけではないため、あえてパソコンの話をそこで持ってこないほうが着地点にスマートにいけたと考えられる。
そのときにB君にAが同意を求めたため話がさらに進んでしまったのだった。
Bは「俺のツレにもいるんすけど、部屋がパソコンだらけになってましたね」
ここで、多少理解できる人はいるかもしれない。
「この二人のなかでは モニタ=パソコン」という認識なのではないかと。
ちなみにここでいうとAは情報系の教授なのである。わざとでもない限り、モニタのことをパソコンといってはならないのではないだろうか。
そして、株取引について一般的なことを語るのならば、デイトレと個人取引の違いを踏まえたうえでしゃべってほしかった。あともうひとつ。わからない話を引き伸ばすのはやめてください。
そんなかんじでテキトーなことを話されてしまったことを長文でつぶやくのであった
2014年5月14日水曜日
ロードバイクと旅行
主に自転車乗りにとってはロードバイクと旅行はきっても切り離せない。
移動手段としての自転車であり、またその移動を妨げるのも自転車である。
一見不可解なことではあるが、実は本当なのである。
一般的な生活を送っているものであれば、長期休暇をどうやってとったとしても、最後にはどうしても時間制限がついてまわる。自転車・・・ここではロードバイクに主にしてしゃべるのだが、コレにのっているときは基本的に移動手段として利用している。
この移動手段であるロードバイクが足を引っ張るのである。
これが家が近いのならいいだろう。自転車にのって全力疾走すればどうにかなる。しかし、家が遠く離れていて、さすがにどうしようもないとき。あるいはキャノンボールに大失敗して目的地に到着しても帰る体力・時間がないときである。
この場合、輪行という手段をとらざるを得ない。
そのときにロードバイクは邪魔者扱いを受ける。特に日本では、そのようなものに対応をするような交通機関が電車しかなく、その電車でも非常に邪魔者となる。そして、なにより荷物となる輪行袋を持っていなければ入ることすらできないのである。
では、持っていないときはどうするか。
以前であればゴミ袋にできるだけコンパクトにした上で入れていた。しかし、ゴミを電車で運ぶのはマナー違反である。其れと同様に、ゴミ袋に自転車を入れて運ぶのもマナー違反となってきている。
つまり最終的には自転車は運べないということである。
ではどうするか?
自力で帰宅できないときの最終手段は、ヤマトに頼むことである。
ヤマトでは梱包サービスはないものの、梱包した自転車を運んでくれるサービスがある。もちろん人はおいてけぼりなので自分は自力で帰るしかない。
つまり、ヤマトの営業所まで梱包した上で持っていくのが最良手段ともいえる。
旅行をする手段に自転車を選ぶときは、キャノンボールのような旅行ではなくゆったりとした日程を組んだ上で、最悪どうするかを決定する必要もあるのだろう。そうではければ自転車に縛られる旅行になる。そういう意味で切り離すことができないのだ。
移動手段としての自転車であり、またその移動を妨げるのも自転車である。
一見不可解なことではあるが、実は本当なのである。
一般的な生活を送っているものであれば、長期休暇をどうやってとったとしても、最後にはどうしても時間制限がついてまわる。自転車・・・ここではロードバイクに主にしてしゃべるのだが、コレにのっているときは基本的に移動手段として利用している。
この移動手段であるロードバイクが足を引っ張るのである。
これが家が近いのならいいだろう。自転車にのって全力疾走すればどうにかなる。しかし、家が遠く離れていて、さすがにどうしようもないとき。あるいはキャノンボールに大失敗して目的地に到着しても帰る体力・時間がないときである。
この場合、輪行という手段をとらざるを得ない。
そのときにロードバイクは邪魔者扱いを受ける。特に日本では、そのようなものに対応をするような交通機関が電車しかなく、その電車でも非常に邪魔者となる。そして、なにより荷物となる輪行袋を持っていなければ入ることすらできないのである。
では、持っていないときはどうするか。
以前であればゴミ袋にできるだけコンパクトにした上で入れていた。しかし、ゴミを電車で運ぶのはマナー違反である。其れと同様に、ゴミ袋に自転車を入れて運ぶのもマナー違反となってきている。
つまり最終的には自転車は運べないということである。
ではどうするか?
自力で帰宅できないときの最終手段は、ヤマトに頼むことである。
ヤマトでは梱包サービスはないものの、梱包した自転車を運んでくれるサービスがある。もちろん人はおいてけぼりなので自分は自力で帰るしかない。
つまり、ヤマトの営業所まで梱包した上で持っていくのが最良手段ともいえる。
旅行をする手段に自転車を選ぶときは、キャノンボールのような旅行ではなくゆったりとした日程を組んだ上で、最悪どうするかを決定する必要もあるのだろう。そうではければ自転車に縛られる旅行になる。そういう意味で切り離すことができないのだ。
2014年4月29日火曜日
トラウマ・・・心理的なほうの
俺は恋愛に対してトラウマが多い。
振られた経験よりも、音信不通系が多いからだ。
残念ながら、その経験は出会った異性に対して「この人は最後まで連絡を取ってきっちりと別れを告げてくれるだろうか」と疑問を投げかけてくれる。
さて、今回は、そんな疑問を一気に通り越して、バカみたいに先走った一人の男の話である。注意したいのはこれが現在進行形であり、さらに残念度が増すことになるのかもしれない。
それでは本編である。
あるSNSでけっこう適当に返信をおくり、特定の人以外にも適当に送る毎日が続いていた。そんな中、突然DMがあり、返信で優しい言葉がけをしてくれるということで話をしたいということがあった。
もちろん、快諾する。ネットではこういう接点を保つことはひとつのモチベにもなるのである。
これがことの始まりだった。
はじめは彼はどうせ一瞬どうせ一瞬という気持ちをもっているのだった。ここで彼がどうしてこんなことを考えているかという経緯についてだが、それは上記にある振出から察していただきたい。
その一瞬というには長い時間はなし、けっこうあうことがわかった。一時して、実は期間限定でイベントがあるということで、最終ラップくらいの情態だったのだ。早速案内を頼み彼が一路東京に向かうと、カメラなどを通してみていた女性の姿は想像以上にきれいで、その様子はかわいらしかった。そして、話までしっかりとあってしまう。
彼は直感でおもってしまったのだ。
運命...
ドラマや小説などでしかお目にかかれない展開のものだったが、感じてしまったのだった。彼女はというと「好き」という言葉を使っていてくれるものの、もっと「好き」な人は大勢いる。その中でも皮膚をふれあってもいいと思ってくれている中に入っているとまで教えてくれていた。二回目はお泊りに来てくれる番だった。彼女も彼も抱擁を求めていた。それが彼にとってはある意味でスイッチだったのだろう。
生理的に反応をしてしまっていた。そして、事を起こした。
それは彼女にとってもわだかまりとなった。帰って一日目で別の人と触れ合った。そして、彼に報告をし、「やっぱりあのときのことも後悔している」といったのだった。そして、「今日はいっぱい否定したのに、それでもキスをされたのだ」という。その日はそれ以上話をするのを否定されてしまった。
これ以上言い出せない。
そして、彼女は夜遅く家に帰り、机で寝息を立てて寝てしまった。「やっぱり嫌いになってもらったほうがよかったのかなぁ」と言い残して。
その日の天気は妙な涼しさの空気をたたえた雲がぶあつく広がっていて、その雲から雨がポツリポツリとふり、しとしとと途絶えることなく振っていたのだった。
振られた経験よりも、音信不通系が多いからだ。
残念ながら、その経験は出会った異性に対して「この人は最後まで連絡を取ってきっちりと別れを告げてくれるだろうか」と疑問を投げかけてくれる。
さて、今回は、そんな疑問を一気に通り越して、バカみたいに先走った一人の男の話である。注意したいのはこれが現在進行形であり、さらに残念度が増すことになるのかもしれない。
それでは本編である。
あるSNSでけっこう適当に返信をおくり、特定の人以外にも適当に送る毎日が続いていた。そんな中、突然DMがあり、返信で優しい言葉がけをしてくれるということで話をしたいということがあった。
もちろん、快諾する。ネットではこういう接点を保つことはひとつのモチベにもなるのである。
これがことの始まりだった。
はじめは彼はどうせ一瞬どうせ一瞬という気持ちをもっているのだった。ここで彼がどうしてこんなことを考えているかという経緯についてだが、それは上記にある振出から察していただきたい。
その一瞬というには長い時間はなし、けっこうあうことがわかった。一時して、実は期間限定でイベントがあるということで、最終ラップくらいの情態だったのだ。早速案内を頼み彼が一路東京に向かうと、カメラなどを通してみていた女性の姿は想像以上にきれいで、その様子はかわいらしかった。そして、話までしっかりとあってしまう。
彼は直感でおもってしまったのだ。
運命...
ドラマや小説などでしかお目にかかれない展開のものだったが、感じてしまったのだった。彼女はというと「好き」という言葉を使っていてくれるものの、もっと「好き」な人は大勢いる。その中でも皮膚をふれあってもいいと思ってくれている中に入っているとまで教えてくれていた。二回目はお泊りに来てくれる番だった。彼女も彼も抱擁を求めていた。それが彼にとってはある意味でスイッチだったのだろう。
生理的に反応をしてしまっていた。そして、事を起こした。
それは彼女にとってもわだかまりとなった。帰って一日目で別の人と触れ合った。そして、彼に報告をし、「やっぱりあのときのことも後悔している」といったのだった。そして、「今日はいっぱい否定したのに、それでもキスをされたのだ」という。その日はそれ以上話をするのを否定されてしまった。
これ以上言い出せない。
そして、彼女は夜遅く家に帰り、机で寝息を立てて寝てしまった。「やっぱり嫌いになってもらったほうがよかったのかなぁ」と言い残して。
その日の天気は妙な涼しさの空気をたたえた雲がぶあつく広がっていて、その雲から雨がポツリポツリとふり、しとしとと途絶えることなく振っていたのだった。
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